PROFILEプロフィール・経歴

田中 成也の写真

田中 成也SEIYA TANAKA

田中 成也
(タナカ・シュナイダー・セイヤ)

生年月日
1991年8月24日生
出身地
新潟県新発田市
身長
186cm
体重
85kg
ポジション
SG/シューティングガード
チーム
広島ドラゴンフライズ
背番号
24
所属
  • 新発田市立本丸中学校バスケットボール部(2004~2006)
  • 新潟市立高志高等学校バスケットボール部(2007~2009)
  • 明治大学バスケットボール部(2010~2013)
  • 広島ドラゴンフライズ(2014~)
主な経歴
  • 2006年 全国中学校バスケットボール大会 3位
  • 2009年 トキめき新潟国体出場
  • 2013年 全日本大学バスケットボール選手権大会(インターカレッジ)準優勝
  • 2015年 第90回天皇杯 全日本総合バスケットボール選手権大会 準優勝

趣味

田中の趣味は車の運転。
幼い頃から父親と一緒にドライブをよく行って、色々な車に乗せてもらったのが今でも忘れられないようである。

座右の銘

現在、座右の銘として大事にする言葉は
「It’s now or never !!!!!!」
意味は
「今しかない !!!!!!!!」
父親から幾度も聞かされた言葉。
常に今しかないという思いを胸にこれまでの人生を歩み、重要な選択をしてきましたと本人は語る。

そんな「今しかない !!!!!!!」を信念に、周りへの感謝と敬意を忘れない。

田中成也選手 公式SNS

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STORY

ドイツと日本のハーフ

田中成也はドイツ人の父と日本人の母との間の末っ子として誕生した。
正式名は、田中・シュナイダー・成也。
生まれも育ちも新潟県である。
新潟は日本初のプロバスケットボールクラブ「新潟アルビレックス」のある土地。プロバスケットチームが地域に根付く姿を間近で見ながら、バスケットボールと共に青春時代を過ごした。

サッカーからの転向

小学生の頃は、低学年からサッカーに真剣に取り組んだが、なかなか思うように上達せずに、伸び悩む。そんな時、高校生からバスケットボールを始めた兄の姿に影響を受けて、小学6年生からバスケットボールを始めた。

両親が献身的に支えた強豪・
本丸中学校時代

中学進学の際に本気でバスケットボールに取り組む強い意志を固め、地元の中学ではなく新発田市立本丸中学校に越境入学を決意。富樫勇樹(現・千葉ジェッツ)も在籍した強豪校だ。
ここから、田中の真のバスケットボール人生が始まった。
その時代を献身的に支えたのは両親だった。
朝早くからの車での送迎、年中休みのない練習のサポート。「当時の家族の支えなくして今はない」と田中は語る。
身長が伸びる時期と同じくして試合に出場するようになり、3年次には全国大会3位という好成績を残した。

新潟愛を貫いた高校時代、
地元国体で活躍

中学卒業後、県内外の様々な高校から誘いを受けるが、トキめき新潟国体出場のために地元新潟の高志高校に進学することを決意。地元・新潟への愛を感じることができる。
県内には新潟商業という全国大会常連の強豪校が立ちはだかり、インターハイ、ウインターカップへの出場は果たせなかったが、3年次には目標であったトキめき新潟国体の代表チームに選出。地元・新潟を背負って活躍した。

苦しみ抜いた明治大学時代

高校卒業後、田中はさらに高いレベルでのプレイを希望。関東1部リーグの明治大学に入学した。この大学時代に得た多くの苦しい経験が、のちの大きな飛躍へとつながる。

1年次はAチームに在籍していたが、2年次にはBチームへ降格。
学生コーチすらいないBチームで過ごした時期、田中は自身のプレイを見つめなおした。
自分で練習を考え、自分で練習に取り組み、自分で反省点を改善し、自分の長所・短所を洗い出す。この時期の経験が、今もモットーとする「自分自身で考えて成長する」プロ意識の芽生えとなった。

アメリカキャンプでの転機。
NBA選手の意識の高さの衝撃

大学4年生次の夏、アメリカ・ロサンゼルス州にてトッププロコーチが開催するキャンプ「Impact Camp」へ参加。この時、世界トップレベルのNBA選手の練習を見る機会を得て、レベルの高さのみならず、練習に取り組む姿勢や、意識の高さを目の当たりにする。彼らと同じ練習を取り入れ、大きな成長に繋がっていった。

帰国後、明治大学の主力へ。
インカレ準優勝に貢献

高い意識でバスケットボールに取り組む姿勢は、帰国後すぐ成果が表れる。
3年生次までほとんどプレイタイムがない状況から一転し、4年の秋のリーグ戦で先発に抜擢。チームの主力となり、大学バスケットボール最高峰の大会、全日本大学バスケットボール選手権大会(インターカレッジ)で準優勝に貢献する。

Bチームに降格から這い上がった反骨精神、そして変わらず支える家族への感謝の思いを胸にようやく才能を開花させた田中。この活躍が、広島ドラゴンフライズのヘッドコーチに就任したばかりの「ミスターバスケットボール」佐古賢一の目に留まる。オファーを受け2014年広島ドラゴンフライズへ入団しプロバスケットボール選手としてのキャリアをスタートさせた。

広島ドラゴンフライズでプロに。
最大の持ち味は爆発力

豊富な運動量を誇るディフェンス、戦術理解力などバランスよく持ち合わせる田中成也だが、その最大の持ち味は、シュートを短時間のうちに連続で決め、試合を決定づける爆発力である。
「ゾーン」(フロー状態)を持つ数少ない選手の内の一人で、試合中に自分の時間をつくることができる。ゾーン状態の田中成也はどんな選手、チームでも止められない。
その爆発力の源は「周りへ感謝と敬意を表すためにプレイを心がけること」と田中成也本人は語る。